SnapShot お題:炭酸飲料、坂道

「いい? 負けた方がジュースおごりだからね?」
「わかってるよ。俺ドクペな」
「……あんた、あんな薬臭い炭酸飲料、よく飲めるわね」
「好きなんだからいいだろうが」
「まあいいけど、アタシはスプライトかな」
「おう。俺がもし負けたら好きなの選んでくれ」
「じゃあ、いくわよ? よーい、スタートっ」
 彼女の声とともに、二人は自転車をこぎ出す。
 まず飛び出したのは彼女。彼女の自転車は十六段変速のマウンテンバイクだ。ギアを軽めにしていたのだろう、俺よりも早くスピードに乗る。
 コチラはと言うと五年愛用しているママチャリだ。もちろん変速ギアなんてない。出足は遅くなるがその辺はハンデだ。
 まず最初に彼女の自転車が坂道を登り出す。坂を登りきったところがゴールだ。
 続けて俺が坂に飛び込む。加速がもう少し欲しかったが、坂までの距離も含めてハンデなんだから仕方ない。
「うおおおっ」
 俺は全体重をかけてペダルを踏む。彼女は俺の前方五メートル。大丈夫、まだ行ける。
「むっ」
 彼女も立ちこぎ状態で坂を登る。
 既に俺はまっすぐ登ることが出来ず、道幅をフルに使って斜めに登っていく。
 彼女は一番軽いギアにしているようだが、速度は遅い。
 勝てる!
 
 そう思った瞬間、突風が吹いた。
 それはバランスを大きく崩すという強さではなかったが。彼女のスカートを少し浮かすには十分だった。
 制服のスカートが翻る。
 しかし残念だが、今の高校生は、スカートの下はスパッツか短パンだ(そうでなければ彼女もマウンテンバイクに乗ったりはしないだろう)。
 そう、わかっている。
 わかっているがスカートが翻ったら見てしまうのが男というモノなのだ。

 そして。

 俺は、負けた。



 ガゴン。
「ほらよ」
 俺は自動販売機からスプライトを取り出すと、彼女に手渡す。
「サンキュー」
 彼女は嬉しそうに受け取る。おごってもらうのが嬉しいのか、勝ったことが嬉しいのかはわからんが。
「あれ、飲まないの?」
「負けた男に飲むものなど無いのだ」
 本当は財布の中身が心許ないからだとは言えん。
「ったく……お金無いなら無いって言えばいいのに」
 心を読んだかのようなセリフ。ううむ侮れん。
「はい」
 と、彼女は自分のスプライトを俺の方に差し出す。
「どうせ全部は飲めないから」
「お、おう。サンキュ」
 俺はグイッとスプライトを飲む。
 喉に染み渡る炭酸が、気持ちいい。
「ところで、さ」
「うん?」
「……見た?」
「ぶっ」
 不意打ちに、思わず吹き出す。
「……やっぱ、見たんだ」
「だ、だってお前、アレは不可抗力だろ」
 そう。
 俺は確かに見たのだ。
 スカートの中の。

 水玉を。

「そっか……」
 彼女は顔を真っ赤に染め、視線を逸らす。
「……すまん」
 何故か、謝らなければならない気がした。
「ま、仕方ないよね。スパッツ穿いてないの忘れてて勝負を挑んだの、アタシなんだし」
「そ、そうだぞ。仕方ないんだぞ」
「……でも、視線を逸らすこともできた、よね?」
「う……」
 痛いところを突かれた。
 絶句している俺の前に、彼女は一歩近づく。
 そして、硬直している俺の前で、上目遣いで彼女は言った。
「……えっち」
「ぐ……」
 いやほら、男はみんなこうなんだって!
 俺だけじゃないって!
 心の中では俺が必死に反論するが、コトバにならない。
 たじろぐ俺を見て、彼女はクスっと笑う。
「仕方ないよね。男はみんなエッチだもんね」
 ……だめだ。
「さ、帰ろ」
 そう言って彼女はさっさと自転車にまたがる。
「どうしたの? 早く行こうよ」
「……おう」
 俺は力なく自転車にまたがり、走り出した彼女の後ろをついて行く。
 彼女は俺を見てスピードを落とすと、俺の隣に並んだ。
「後ろを走っても、もう見せないぞ?」
「ち、違うって」
「冗談よ」
 あははは、と笑いながらスピードを上げる彼女。
 
 やっぱ、勝てないな。

 俺はそんなことを思いながら、彼女に追いつくためにスピードを上げた。

 おわり。